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2020
09.12

セルゲイ・ヴォロノフ 引退

セルゲイ・ヴォロノフが引退を発表しました。彼だけは永遠に引退しないと思ったいたのですが、32歳で氷上から去ることになりました。

引退を発表したので、僕が彼を認識した2007年エリック・ボンパール杯の演技を観てみたんですね。あのビジュアルでジャンプをすべて成功させたらかっこいいに決まっています。今観てみると、足元がかなり粗いわけなんですけど、20歳にしてあの粗さだったのに、ここから干支が一周するまで現役を続けられたんだなあと思うと、感慨深いものがあります。相当の努力があったわけですよ。

オリンピックには縁がなかったです。バンクーバーオリンピックはヨーロッパ選手権の結果優先で、国内選手権2位なのに代表から外されてしまいました。ソチオリンピックの代表選考では、ヨーロッパ選手権でロシア男子最上位になれたのに、プルシェンコにネームバリューで負けて代表には選ばれなかった。まったくと言っていいほど連盟の寵愛を受けられなかった選手です。ロシア選手権との相性があまりよくなかったこともありますが、ヴォロノフの経歴を振り返ると、ロシアにおける政治力の重要性が分かります。

ヴォロノフの特筆すべき功績といえば、2014年グランプリファイナルでのロシア男子として10年ぶりの表彰台。そして、2017年NHK杯でのグランプリシリーズ男子シングル史上最年長優勝を飾ったことです。グランプリシリーズでは合計10個のメダルを手にし、ヨーロッパ選手権では2度の表彰台です。このほとんどを20代後半から30代で達成しているのが素晴らしいです。これが一国一代表の小国の選手ならありえますが、ロシアのような超大国で成し遂げたことが規格外なのです。

ジュニア時代からシニアに上がってもずっと怪我に苦しみ、ルッツをまったく跳べない状況が続きました。フリップにはロングエッジ判定がつきますし、4Tと4種の3回転と2Aだけで勝負しなければならない期間が8年に及びました。それだけ長期間ルッツを跳べなかった選手が、26歳にして3Lzまで取り戻し、コンスタントに決められるようになったわけです。

ロシアスケーターはシニアで結果が残せないとすぐに引退してコーチになるケースが多いです。でも、正しい研鑽を積めば人から少し遅れても結実することもあるから、ヴォロノフのように堪えて続けてみるのもありです。ヴォロノフのこれらの経験を若いスケーターたちに伝えていってほしいですね。

数々のおかしなプログラムを、サッカーボールをはじめとするダサすぎる数多の衣装で披露してくれました。2014-2015シーズンFSの"マンズマンズワールド"も好きだし、2019-2020シーズンSP"Somebody to love"も好きですけど、一番のお気に入りは、2015年国別対抗戦で滑った"My Way""君の瞳に恋してる"の名曲クソ適当メドレーです。ソチオリンピックポストシーズンですし、当時27歳だったので、おなじみのイントロが流れた際は、ヴォロノフの引退を予感しました。ところがどっこい衣装を脱ぎ捨ててタンクトップで踊り始めたんですね。イミフ!!!!!!!ヴォロノフのせいで、他のごくごく一般的な泣かせにくる系統の"My Way"のプログラムでも、脳内で"君の瞳に恋してる"が再生されるようになりました。ボイコズのノーミスクリーンプログラムを観ても、頭の中にはヴォロノフがいました。5年経ってもこうなので、一生変わらないでしょう。ヴォロノフ罪深い。

氷を上がってもダサい私服で我々の目を楽しませることを忘れませんでした。リンクの上でも外でもエンターテイナーでした。これからもずっとダサいセーターを着続けてください。エテリ・トゥトベリーゼのチームから離れるときに、エテリにマザコン呼ばわりされたのもおもしろかった。ヴォロノフさんはずっとおもしろかった。

ずっといた選手がいなくなってしまうことは悲しいです。NHK杯には2012~2014年、2017~2019年の計6回も来てくれました。ジュニア時代の試合や国別対抗戦、THE ICEも含めると10回以上日本で演技を見せてくれました。だからもう名誉NHK杯コンペティターでいいと思うんですよね。渡航制限がなくなったら、グランプリシリーズのアサイン無視してNHK杯にしれっと参加していいと思うんです。NHKも許してくれるでしょう。ヴォロノフの引退により、継続して試合に出ている80年代生まれのロシアスケーターはいなくなりました。さようならロシアの80年代。さようならセリョージャ。
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