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2018
04.17

パトリック・チャン 引退

https://skatecanada.ca/2018/04/skating-legend-patrick-chan-retires-from-competitive-competition/

パトリック・チャンが引退を正式に発表しました。ピョンチャンオリンピックが現役最後の試合になるであろうことは示唆していたので、このまま止めてしまうのかと思いましたが、きちんと区切りをつけていきました。引退後はセミナーを通じてスケートを教えたり、アイスショーで滑っていくとのことです。素晴らしいスケーティングスキルを持つスケーターなので、カート・ブラウニングや佐藤有香さんのように人々に長く愛されるパフォーマーになってくれると思います。

亡きオズボーン・コルソン先生の下で磨き上げられた卓越したスケーティングスキルは、歴代最高の1人と目される質でした。ジュニアから上がった2006-2007シーズンには、当時髙橋大輔とエフゲニー・プルシェンコしか獲得していなかったステップレベル4の評価を受け、その才能の片鱗を見せました。当時のステップレベル4は、それだけ驚くべきものだったのです。翌シーズンにはグランプリシリーズで優勝し、カナダ選手権で初優勝。そのシーズンに世界選手権を制し、後に引退発表をしたジェフリー・バトルから伝統国カナダのバトンを引き継ぎました。

2008-2009シーズンは多くの有力選手が引退・欠場・不調という、男子シングルの世界では変革の年になりました。そこでドハマリプログラムのピアノ協奏曲第2番で世界のトップレベルまで駆け上がりました。北米選手が好んで使用するこの曲を、銀盤を愛でるように、ある時は力強く滑る姿に、次の時代を引っ張っていくという予感をさせました。バンクーバーオリンピックのシーズンは、ベテラン勢の巻き返しもあり、なかなか結果は残せませんでした。

「4回転ジャンプを跳ばない」その急先鋒だったPさんが、2010-2011シーズンから4回転をバンバン跳び始めました。SP・LPの両方で跳び、1本が2本になり、跳び始めたシーズンなのに誰よりも質が高いというチートっぷりでした。2011年カナダ選手権のパーフェクトな演技の衝撃は今でもハッキリと覚えています。冬の朝、この演技を見た時にアゴが外れそうになるぐらい驚きました。オペラ座の支配人と揶揄されるぐらい手旗信号だった動きが一新され、前シーズンと同じテーマで滑っているとは到底思えない進化でした。氷を足の指で掴んでいるかのような力強さと男らしさに惚れ惚れしました。今でこそTES100点越えが当たり前になりましたが、当時はそんな点数が出せるなんて思ってもみませんでした。世界選手権を初制覇し、パトリック・チャン時代が始まりました。ここから全ての男子スケーターが打倒パトリック・チャンの下に、4回転ジャンプの本数を増やしていきます。

2012年カナダ選手権は異次元の合計300点で優勝。2013年世界選手権で3連覇を達成し、プログラムの表現の幅もどんどん大きくなりました。未だに彼のプログラムで一番好きなのは3連覇を達成したシーズンのラ・ボエームです。あまり滑りやすくはなかったようですが、ニコニコのPさんとマッチする素敵なプログラムでした。足は臭いけど。

絶対王者として2度目のオリンピックシーズンに突入。エリック杯では国際大会では史上初めてTES100点台をマークし、独走態勢を築くかと思われました。それを阻んだのが羽生結弦です。グランプリファイナルで敗れ、ソチオリンピックでは僅差の戦いで金メダルを逸しました。その後は1シーズン休養。2015-2016シーズンに競技に復帰しました。

復帰してから出場したスケートカナダでは、いきなり羽生との対決。それでも「羽生のスケートカナダ優勝阻むスキル」を発動し優勝。2016年四大陸選手権は、自身の休養中に力を蓄えていた若手との戦いでした。首位のボーヤン・ジンとは12点差。ボーヤンはLPで4本の4回転を入れ、最終滑走のPさんが逆転するには全てのエレメンツを完璧に成功させるしかないという、追い詰められた状況でした。そして伝説のショパンメドレーが演じられたのはご存じの通りです。成功率の向上を試みた3Aが2本入り、熟練のスケーティングスキルと変幻自在と入れ替わる緩急は、フィギュアスケートの一つの到達点でした。

2016-2017シーズンは、エリック・ラドフォードにLPの楽曲製作を依頼し、Pさん自身の軌跡を辿る美しいプログラムを作り上げました。ベテランになって4Sを体得し、若手たちと戦っていきましたが、徐々にではありますが、ジャンプの確実性は落ちていました。3度目のオリンピックシーズンは、ジャンプの構成を落とし、団体戦金メダルを目標に掲げ、シーズンを戦いました。NHK杯を欠場し、カナダ選手権に出場。例年ならこの大会に合わせてくるPさんも、この年はミスが多発しました。しかしながら、高いスキルでカナダ選手権史上最多10度目の優勝を達成し、最後のナショナルを締めくくりました。ピョンチャンオリンピック団体戦では、目標の通り金メダルを獲得。スコット・モイアの「パトリックに金メダルを獲らせる」との言葉で、カナダチーム全体でPさんを支えました。カナダの圧倒的な層の厚さを見せつけたのです。団体戦も個人戦もフルパワーで戦ったカナダチームは結果的に団体・アイスダンス金、女子・ペア銅と大成功を収めました。

4回転ジャンプを跳ばなかったPさんが、自ら4回転時代を再構築し、それを超えるべくして若手が奮起。4回転ジャンプだけでは勝てない。スケーティングも表現も一流でいなくてはならない、一点突破型の時代からオールラウンドタイプ型の時代に移行させました。男子シングルの競技レベルを大きく底上げしました。彼の功績と素晴らしいプログラムの数々は枚挙にいとまがありません。豊かの部屋で怯えたチワワのようになったり、ラーメン大好きだったり、ワイン出したり、オリンピック村の部屋がすさまじい汚部屋だったり、ネタキャラとしても多大なる貢献をしてくれました。

これからのますますの活躍を祈願しています。。FC2ブログには検索ワードのタグ付けという機能がありまして、僕は大会名とそのエントリーに登場した選手名(タグは10個まで付けられるので、大会では上位選手だけ)をタグ付けしています。そのタグの登場回数は、男子選手でPさんが1位なんです。僕のブログにも貢献してくれました。ありがとうございました。

心残りはパトリック・チャン、羽生結弦、ハビエル・フェルナンデスの表彰台を見られなかったこと。見たかった・・・見たかったよう。
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