2018
03.17

無良崇人 引退

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180316-00000093-dal-spo

無良崇人の引退発表・・・。予想していない事態で、このニュースを見た時に「え?だっておめえ、え?なんで?????」となりましたね。だって、四大陸選手権でのコメントで「来季に向けて課題として・・・」と言っていたから、さいたまの世界選手権を目指してあと1年続けるものと思っていました。だから、脳が思考停止してすぐにブログ更新出来ませんでした。真央ショーの会見で引退発表をしたのですね。

ピョンチャンオリンピックの代表を逃した時点で引退を考えたが、補欠であったため練習を続け、羽生がSPを滑り終えた時点で引退を決意。「自分の役目は終わったと思った」という、泣かせるかっこいい言い方。今後はプロスケーターとして活動し、スケートを教えるために勉強もしていくとのこと。アイスショーでも高さのあるジャンプをいつまでも見せ続けてほしいです。

女子のジュニアで「これ以上点数を伸ばすには、SPで3Aを跳ぶしかない」との話が出る度に、無良のジュニア時代を思い出します。当時は男子ジュニアSPでは3Aが禁止だったので、コンビネーションで3A、単独で2Aを跳ぶ戦略をとっていたなと。それでもって世界ジュニア選手権で両方失敗してしまって大惨事に。当時から3Aへの思いが強い選手でした。その次の年にシニアの世界選手権に出場しました。ブレイクのきっかけとなったのは2010年NHK杯。SP・LPでそれぞれ4回転を成功させました。お父さんも滑った「ふたりでスローダンスを」のプログラムがとてもマッチしておりまして、今でもその時のことを覚えています。

日本男子がフィギュアスケート界を席巻した2012-2013シーズンにはエリック杯で優勝。「Shogun」は無良の代表的なプログラムとなりました。この当時、毎シーズンのように戦うプログラムを滑っていたので「今年も戦ってる」「今年も戦ってるわ」と言っていた記憶があります。ソチオリンピックは調子が上がらず代表落選。あのシーズンは彼にとって辛かったでしょう。その次のシーズン!オペラ座の怪人大流行の年に、下手じゃないボーカル&素敵衣装でこれまた代表作となるLPを滑りました。スケートカナダで優勝し、GPFにも進出。全日本選手権は表彰台落ちしましたが、引退するまっちーから託されて出場。SPは通過ギリギリで、LPで挽回しました。チャーリーの鬼振付プロに必死に食らいつき、苦手なレベル取りの面でも改善を見せました。2016年四大陸選手権SPでは初めてスピンとステップのレベル4をもらったのです。3Fのエッジ判定に対処したり、3連続を付けてコンボ消費するようにしたり、ベテランの年齢になっても点数・順位に対して貪欲な姿勢を見せてくれました。ダイナミックな4回転、そして何より持ち味の3A。抜ければ予定構成を変えて跳び直す3A。たまにそれが失敗してしまうけれど、そんなところも含めて無良の代名詞となりました。

チームジャパンのいい兄貴分であり、スポンサーを見つけ家族を養っていく社会人アマチュアスケーターの規範となる男でした。

個人的に無良の一番の思い出のエピソードは「寿司に醤油をつけて食べない」です。絶対醤油つけた方が美味しいよ!長い選手生活お疲れ様でした。
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