2018
04.27

アナ・ドゥシュコバー&マルティン・ビダージュ 解散

http://www.ceskatelevize.cz/sport/zimni-sporty/krasobrusleni/373428-necekany-konec-krasobruslari-duskova-s-bidarem-uz-spolu-zavodit-nebudou/

寝耳に大洪水のニュース。アナ・ドゥシュコバー&マルティン・ビダージュが解散です。海外で練習したいビダージュと、勉強をしながらプラハで練習したいアナちゃんの間で意見が別れ、解散することになったのだとか。2人とも現役続行を希望しており、新しいパートナーを探します。

本当に残念です。今シーズンは女性の怪我があり、ネーベルホルン杯の後オリンピックにぶつけ本番で挑みました。そこできっちりSP通過を果たし、世界選手権でも吸いつくような滑りで11位という好成績を残しました。2人ともシングルと掛け持ちしながら競技生活を続け、2016年にはチェコスロバキア時代を含め、チェコ初の世界ジュニアチャンピオンに輝きました。これから明るい未来しかないペアでした。男性は海外に行くとのことなので、外国人とのペア結成もありそうです。いいパートナーが見つかってほしい。

うわあ・・・・・マジか・・・ベテランの引退はスッキリさよならできるけど、これはキツい。
2018
04.27

エフゲニー・クラスノポルスキーがパートナーを探しているようです

http://icepartnersearch.com/showbio.php?i=6277

僕のシーズンオフ中の日課はパートナーサーチを見ること。すると見覚えのある名前がありました。"エフゲニー・クラスノポルスキー" 今シーズンはペイジ・コナーズとペアを結成してピョンチャンオリンピックに出場。ツイストもスロージャンプも手堅く決める普通に上手いペアでした。それなのに解散。1年ぶり5度目の解散。

クラスノさんの経歴
2009年 ダニエル・モンタルバーノ(ミハル妻)とペア結成
2013年 解散
2013年 アンドレア・ダヴィドヴィッチとペア結成
2014年 ソチオリンピックに出場後すぐに解散
2015年 アデル・タンコワとペア結成
2016年 解散
2016年 アリーナ・チェルニャフスカヤとペア結成
2017年 解散
2017年 ペイジ・コナーズとペア結成
2018年 ピョンチャンオリンピックに出場
2018年 解散

しかもコナーズは、「ペア結成1周年だよ!」という投稿を1か月にしたばかりだし、クラスノさんは数日前までコナーズとの写真をアップしていました。何があったのさ。
2018
04.26

メーガン・デュハメル&エリック・ラドフォード 引退

https://skatecanada.ca/2018/04/pair-champions-meagan-duhamel-and-eric-radford-retire-from-competitive-skating/

メーガン・デュハメルエリック・ラドフォードが引退を正式に発表しました。

メーガン「最もお礼を言いたいのはこれまでのパートナーたち:ライアン・アーノルド、クレイグ・ブンタン、エリック・ラドフォードです。ライアンとクレイグは私にペアスケーターとしての基礎と、ペアスケーターとして活動する術を与えてくれました。だから私はエリックと成功することができた。私は3人のパートナーたちとの、よかったことも悪かったことも全てを大切に思っています。エリックは誰に聞かれても最高のパートナーだと言えます。

カナダの素晴らしいフィギュアスケートファンにも感謝したいです。みなさんとフィギュアスケートへの愛をシェアできたのは本当に嬉しいことです。長い間応援してくださってありがとうございます。感謝しています。競技の世界からは離れるけれど、フィギュアスケートというスポーツから離れることはありません。フィギュアスケートは私の初恋で、生涯をかけ、あらゆる形で関わっていきたいです。」

ラドフォードさん「メーガンにはお礼を言いたいです。彼女の驚くべき気力と決意は、僕を最高の状態に押し上げ奮起させてくれました。また、数々の素晴らしい思い出を共有することができて幸せです。キャリアを通して世界中でカナダ代表として戦うことできたのは、これ以上ない誇りだと感じます。あなたのこの競技への愛とすべてのアスリートに見せるサポートは、僕のキャリアの中で最高の最も特別な瞬間を与えてくれました。」

メーガンはデュハラド結成以前からキャリアのある選手でした。アーノルドとのペアでは史上初めてスロートリプルルッツを成功させましたし、ブンタンとのペアではカナダ代表として国際大会で活躍していました。2008年エリック杯ではメーガンのブレードが分担の手の甲に接触し、流血する事件がありました。包帯をグルグル巻きにして演技を続行し、この大会では3位に入りました。2番手の位置で、バンクーバーオリンピック代表もかなり堅いと思われましたが、代表争いに敗れ2人は解散。ブンタンは引退して、メーガンはラドフォードさんとのペアを結成しました。

デュハラド結成となってからまず驚かされたのはラドフォードさんの圧倒的毛量と、3Lzと3Fの両方を跳べるソロジャンプ技術の高さでした。ラドフォードさんの毛量に関しては「どうせなくなるから今ぐらい好きにさせてやれよ」と言われていた覚えがあります。

結成翌シーズンに初めてカナダ選手権を制しました。演技後に、氷粉砕する勢いでピョンピョンと跳ねて喜ぶメーガン、キスクラでOMG製造機と化したところから、完全にネタキャラルートに突入していったのです。2012年のOMGから一度も負けることなく7連覇。これはカナダ選手権のペアの最多記録となっています。

2012-2013シーズンの世界選手権はカナダ・ロンドン開催。否が応にもメダルへの期待がかかります。そしてSPで会心の演技を披露します。この時滑った「ラ・ボエーム」は、ペアSPとしては大変珍しい演技後半にソロジャンプ、しかも3Lzを跳ぶ構成でした。未だにこの時の3Lzのシンクロ具合を超えるジャンプは思い浮かばないです。そしてラドフォードさんはこの時の髪形が一番かっこよかった。当時絶対的に格上だったサフゾルを上回り、SP2位スタートを決め、観客を熱狂させました。最終的に銅メダルを手にし、オリンピックのメダル候補として目されるようになりました。

ソチオリンピックのシーズンは、ラドフォードさんの亡きコーチ、ポール・ウィルツ先生に捧げる自作曲「Tribute」をSPとして滑りました。当時ラドフォードさんはカミングアウトしていませんでしたが、ウィルツ先生は、ラドフォードさんが初めて出会ったゲイで、生き方にも大きな影響を与えました。そのストーリーを知ってからこのプログラムを見ると、また心に染みるものがあります。想いを込めて滑ったソチオリンピックの団体戦SPは、彼らのベストパフォーマンスの1つだと思います。そして過小評価な点数だったと今でも思っています。

オリンピック後のシーズンはヴォロトラとサフゾルが不在で、誰もが次のチャンピオンを狙っていました。デュハラドはスロークワドサルコウを組み込み、そして成功もさせました。デュハラドは前のシーズンまで、ひたすらスケートカナダとエリック杯にだけ出場していたので、このまま他のGPSに出場することなくキャリアを終えると思っていました。そこでNHK杯にエントリーしたのです。もちろん優勝を果たし、ここからNHK杯にばかり出場するマンにジョブチェンジしました。最後のシーズンは前年の世界選手権でシードに入れなかったので、スケートアメリカへ。NHK杯で来日中、ヴィーガンで食べる物がないメーガンは、豆腐にメープルシロップをかけていたというパンチのあるエピソードもあります。そしてこのエピソードから、メープルシロップが筋肉を育てるということを知りました。メープルマッスルによる技術点で他ペアを圧倒し、2015年世界選手権で念願の初優勝。中国で初開催の世界選手権で、最大のライバルスイハンと復帰したパントンを破るという、傍から見ると空気読めないやつっぽい完勝っぷりが気持ちよかったです。シーズンオフにはメーガンと、コーチのブルーノ・マルコットが結婚。人妻となりました。

翌シーズンのLPはアデルの「Hometown Glory」。SPはいいプログラムが多いのに、クラシックを避けるあまり、微妙なプログラムが量産されていたデュハラドの久しぶりの当たりLPです。そしてこれはラドフォードさん主体のプログラム。人口4000人の小さな小さな町で、屋外のスケート場でスケートをやっている男の子はたった1人だったそうです。そんな男の子が世界チャンピオンになるなんて、なんとも感動的です。2016年世界選手権は、スイハンの躍進もあり連覇は厳しいとの見方が大勢でした。それを覆すジャンプでのタコ殴り。曲想無視して笑いながらリフトされるメーガンが最高におもしろかった。ピョンピョン跳ねてワンコのように喜ぶメーガンと、よかったねとなだめるラドフォードさんの対比もおもしろかった。

2016-2017シーズンは滑り出しは順調でした。オリンピックプレ大会となる四大陸選手権では、メーガンが食用にされてしまう犬を引き取るという優しい一面を見せました。食犬文化の是非は置いておいて、メーガンらしいなと思う出来事でした。オリンピックの出場枠を決める世界選手権はフィンランド開催。2人ともフィンランドにルーツがあるので、大会の随分前から運営サイドに取り上げられることが多かったです。そんな大事な大会前にラドフォードさんが股関節を負傷しました。トレードマークの3Lzが跳べず、エレメンツは全体的にかなり不安定、体力も心もとない。なんとか大会を7位で終えて、カナダの3枠をキープさせました。あれだけ不安になる演技を見せたのは初めてでした。

2人にとって2度目のオリンピックシーズンは引退を決めてのシーズン。年齢的なこともあり、3Lzの質は綱渡り状態。しかしながら、長年質がいまひとつだったツイストリフト、そして課題のメーガンの滑りの質が向上し、それを補っていきました。シーズン当初は、よりによってミューズメドレーを復活させていましたが、Hometown Gloryに戻してからは安心して見られました。「Pさんを金メダルを獲らせる」のスローガンの下に一致団結したピョンチャンオリンピック団体戦。交代枠を使うことなくSP・LPまとめ上げ、SP2位・LP1位の大活躍で金メダルに貢献。この活躍により、ラドフォードさんはオープンリーゲイ初の冬季オリンピック金メダリストになりました。ペアは団体戦と個人戦の間隔が狭いです。団体戦LPから3日後に個人戦SPでした。SP・LP共に大きなミスを犯すことなく、LPではオリンピック史上初のスロークワドを決めました。サフマソの激ヤバパフォーマンスの直後にベストに近い出来のパフォーマンスを披露するメンタルに感服です。2年前を思い出させる晴れやかな笑顔で曲想を無視し、悲願の銅メダルを手にしました。順位確定後には金メダルを決めたサフ子を祝福する、現役最後まで優しいメーガンの姿がありました。

メーガンはルッツオブグリーンズというライフスタイルブレンドで働いており、犬をレスキューするヒューメインソサイエティーの活動にも関わっていくそうです。また、スケーターのための健康増進プログラムを作ることも計画しています。さらにはテクニカルスペシャリストの勉強も考えているとか。

ラドフォードさんは映画音楽作曲家志望。自作曲やPさんのプログラムを作曲した時に「将来はアカデミー賞を受賞する作曲家になりたい」と発言していました。またコーチや振付師としても活動します。フィアンセのルイス・フェネロとの結婚も予定しています。

正式な引退発表の前には「体が動く限りは滑っていたい」との発言もありましたし、まだまだプロスケーターとして活躍してくれるでしょう。2人ともプライベートが充実し、これ以上ない満たされた状態・オリンピックのメダル獲得という最高のキャリアのラストを迎えました。これまでたくさんの素晴らしい演技&ネタを提供してくれました。ありがとうございました。プログラムとメーガンのリアクションに草生やせられなくなるのが寂しいです。
2018
04.26

サフチェンコ&マッソーは当分休養

http://www.ln-online.de/Nachrichten/Norddeutschland/Holiday-on-Ice-verpflichtet-Olympiasieger-Savchenko-Massot

アリオナ・サフチェンコブルーノ・マッソーが休養を発表しました。休養期間は未定だそうです。休養中はHoliday on Iceに参加します。期間は2018年11月29日~2019年2月24日です。ですからGPSやヨーロッパ選手権には当然出られませんし、世界選手権への準備も間に合わないでしょう。最低でも来シーズンいっぱいは休養になりそうです。ソチオリンピック後の世界選手権から駆け抜けてきました。所属国変更のゴタゴタもそうですし、マッソーの国籍取得の苦労もありました。プライベートな時間も楽しみたいでしょうし、ちょうどいいと思います。気持ちと体が許せばまた競技に戻ってきてもらいたいです。

絶対に表彰台に乗るマンのサフマソ不在となれば、GPFもユーロも世界選手権もスポットが1つ空くわけです。どのペアにとってもチャンスのシーズンです。世界選手権はSP通過のスポット1組空きますし、通過ラインの戦いがさらに激化しそうです。
2018
04.25

小塚崇彦が新ブレードを開発

https://www.asahi.com/articles/ASL4S469WL4SUTQP00X.html

小塚崇彦が鋼専門商社の山一ハガネと共に新ブレード「KOZUKA BLADES」を開発しました。

2012年に足のサイズを精密に測定できる機械を使うために同社を訪れ、ブレードを作ることを提案したそうです。実に6年の歳月を費やしています。従来は溶接で複数のパーツを繋げていたため、衝撃に耐えきれなかったり、品質にバラつきがあったそう。このブレードは1つの金属から削り出しているため、強度が3倍になっています。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000033653.html

衝撃の吸収性がアップ!強度アップ!スケーティングの質が高まる!6ヵ月の製品保証!お値段は大手のジョン・ウィルソンと比較しても大体同じぐらい。2本セットで初任給ぐらい。1か月でバキバキ折ってたら生活困窮しちゃう。改めてお金ないと続けられないスポーツだなと思います。

斜め上の方向でフィギュアスケート界に貢献しています。この間あっこちゃんがテレビで「技術的な進歩に靴が追いついていない」と発言していましたが、競技人口や開発費の問題は深刻なのです。そこで、トップ選手だったこづが開発に携わり、実際に使用することで確かなものを作り上げられたのは大きいです。これ見たときに「こづSUGEEEEEEEEEEEEEE!」とテンション上がりました。

提灯記事みたいになった。ステマじゃないよ!
2018
04.21

マックス・アーロン 引退


マックス・アーロンが引退を発表しました。すでにメリルリンチで働き始めているそうです。

アメリカ男子が4回転時代に取り残されていく最中、ただ1人気を吐いて4回転ジャンプを複数回入れ、全米選手権で王者の座につきました。それでも、オリンピックシーズンの全米選手権ではあと一歩届かず、オリンピック出場はなりませんでした。JGPFも世界ジュニア選手権も四大陸選手権もあと一歩。GPSでは1戦目で素晴らしい演技をするも、2戦目は大きく崩れGPFに出場できないなど、非常に惜しい選手でした。それでも全米選手権優勝、グランプリシリーズでも優勝経験があります。誇るべきキャリアです。

シニア当初はホッケー仕込みのパワフルな滑りと処理甘すぎの眉毛にをジョニーに突っ込まれる選手というイメージでした。そこからフィリップ・ミルズの問題作プログラムで表現力を磨き、4回転の本数を絞ることで精度を上げ、徐々に洗練された選手へと成長を遂げました。アメリカ男子3枠獲得の立役者でもありました。結果的に現役最後の試合となった2018年世界選手権は、補欠の補欠の補欠だったのにも拘わらず11位にランクインし、しっかりと3枠を確保し、次の世代にバトンを手渡しました。

2015年国別対抗戦では、新調した次のシーズンのプログラムで滑りましたがSPは映像がブチ切れ、LPはコントかのような編曲のおもしろブラックスワンを披露。シーズンの最後にとんでもない爆弾を投下していったことが一番の思い出です。

メリルリンチに就職とありますが納得ですね。なんてったって、ISUの趣味の欄に「勉強」と記載してありますから。現役生活お疲れ様でした。
2018
04.20

アダム・リッポン 世界で最も影響のある100人に選出

http://time.com/collection/most-influential-people-2018/5217596/adam-rippon/

アダム・リッポンがタイム誌の「世界で最も影響力のある100人2018」に選出されました。選出され、タイムに掲載された紹介文を書いたのはシェール。完全に売れているリッポンさん。

ヒュー・ジャックマン
ロジャー・フェデラー
アダム・リッポン

安倍晋三
孫正義
アダム・リッポン

ドナルド・トランプ
習近平
アダム・リッポン

そんな知名度の人たちと肩を並べているわけですよ。10カ国の首脳、王族や世界的アスリート、歌手、司会者、経営者、学者そんなレベルにまで売れてしまったという事実。でも、オリンピックきっかけでアメリカメディアがこぞって取り上げるようになっただけで、リッポン自身は前とそれほど変わってはいないように見えます。リッポンはリッポン。仮に今引退しも、イベントに呼ばれるセレブかLGBTアクティビストとかになれそう。来シーズンのインターナショナルセレクションプール(アメリカの国際大会派遣対象選手)には入っているので、続けてくれるかも。

雑誌の一企画ですし、話題性で選ばれた面が大きいですけど、2018年を最も濃密に過ごしている人類の1人であることは間違いないでしょう。人生は何が起こるか分からない。「ショーン・メンデスかわいい!会いたい」って言って会えるぐらいだから、人生変わってる。
2018
04.18

2018年のフィギュアスケート殿堂入り

http://www.worldskatingmuseum.org/documents/2018%20World%20Hall%20of%20Fame.pdf

2018年のフィギュアスケート殿堂入りが発表されました。

荒川静香(日本)
ヴィクトール・ペトレンコ(ウクライナ)
エレーナ・ワロワオレグ・ワシリエフ(ソ連)
イリーナ・モイセーワアンドレイ・ミネンコフ(ソ連)
ビン・ヤオ(中国)
サンドラ・ベジック(カナダ)

荒川さんの殿堂入りは日本人としては伊藤みどりさん、佐藤信夫先生に次ぐ3人目です。アジア勢初のオリンピック金メダリストという功績があります。上から3組はオリンピック金メダリスト、モイセーワ&ミネンコフは2度の世界チャンピオンです。2人に関しては「アイスダンスにおける腕や上体の表現を発展させた初めてのカップル」とされています。ビン・ヤオ先生はご存じの通り、ペア大国中国を築き上げた功労者。ベジックは振付師としての功績があります。

荒川さんは引退してから12年。殿堂入りとしては早い部類に数えられます。オリンピック金メダリストでも20年~30年かかるのが一般的です。オリンピックの金メダルがなく、引退からわずか6年で殿堂入りしたミシェル・クワンは異常な早さでした。

引退から5年以上が経過という決まり以外、特に明確な選考基準があるわけではありません。しかしながら、功績・成績を考えると日本からは安藤美姫、髙橋大輔、浅田真央、羽生結弦の4人はいずれ殿堂入りするでしょう。荒川さんの表彰は全日本選手権か世界選手権で派手にやればOK。
2018
04.17

パトリック・チャン 引退

https://skatecanada.ca/2018/04/skating-legend-patrick-chan-retires-from-competitive-competition/

パトリック・チャンが引退を正式に発表しました。ピョンチャンオリンピックが現役最後の試合になるであろうことは示唆していたので、このまま止めてしまうのかと思いましたが、きちんと区切りをつけていきました。引退後はセミナーを通じてスケートを教えたり、アイスショーで滑っていくとのことです。素晴らしいスケーティングスキルを持つスケーターなので、カート・ブラウニングや佐藤有香さんのように人々に長く愛されるパフォーマーになってくれると思います。

亡きオズボーン・コルソン先生の下で磨き上げられた卓越したスケーティングスキルは、歴代最高の1人と目される質でした。ジュニアから上がった2006-2007シーズンには、当時髙橋大輔とエフゲニー・プルシェンコしか獲得していなかったステップレベル4の評価を受け、その才能の片鱗を見せました。当時のステップレベル4は、それだけ驚くべきものだったのです。翌シーズンにはグランプリシリーズで優勝し、カナダ選手権で初優勝。そのシーズンに世界選手権を制し、後に引退発表をしたジェフリー・バトルから伝統国カナダのバトンを引き継ぎました。

2008-2009シーズンは多くの有力選手が引退・欠場・不調という、男子シングルの世界では変革の年になりました。そこでドハマリプログラムのピアノ協奏曲第2番で世界のトップレベルまで駆け上がりました。北米選手が好んで使用するこの曲を、銀盤を愛でるように、ある時は力強く滑る姿に、次の時代を引っ張っていくという予感をさせました。バンクーバーオリンピックのシーズンは、ベテラン勢の巻き返しもあり、なかなか結果は残せませんでした。

「4回転ジャンプを跳ばない」その急先鋒だったPさんが、2010-2011シーズンから4回転をバンバン跳び始めました。SP・LPの両方で跳び、1本が2本になり、跳び始めたシーズンなのに誰よりも質が高いというチートっぷりでした。2011年カナダ選手権のパーフェクトな演技の衝撃は今でもハッキリと覚えています。冬の朝、この演技を見た時にアゴが外れそうになるぐらい驚きました。オペラ座の支配人と揶揄されるぐらい手旗信号だった動きが一新され、前シーズンと同じテーマで滑っているとは到底思えない進化でした。氷を足の指で掴んでいるかのような力強さと男らしさに惚れ惚れしました。今でこそTES100点越えが当たり前になりましたが、当時はそんな点数が出せるなんて思ってもみませんでした。世界選手権を初制覇し、パトリック・チャン時代が始まりました。ここから全ての男子スケーターが打倒パトリック・チャンの下に、4回転ジャンプの本数を増やしていきます。

2012年カナダ選手権は異次元の合計300点で優勝。2013年世界選手権で3連覇を達成し、プログラムの表現の幅もどんどん大きくなりました。未だに彼のプログラムで一番好きなのは3連覇を達成したシーズンのラ・ボエームです。あまり滑りやすくはなかったようですが、ニコニコのPさんとマッチする素敵なプログラムでした。足は臭いけど。

絶対王者として2度目のオリンピックシーズンに突入。エリック杯では国際大会では史上初めてTES100点台をマークし、独走態勢を築くかと思われました。それを阻んだのが羽生結弦です。グランプリファイナルで敗れ、ソチオリンピックでは僅差の戦いで金メダルを逸しました。その後は1シーズン休養。2015-2016シーズンに競技に復帰しました。

復帰してから出場したスケートカナダでは、いきなり羽生との対決。それでも「羽生のスケートカナダ優勝阻むスキル」を発動し優勝。2016年四大陸選手権は、自身の休養中に力を蓄えていた若手との戦いでした。首位のボーヤン・ジンとは12点差。ボーヤンはLPで4本の4回転を入れ、最終滑走のPさんが逆転するには全てのエレメンツを完璧に成功させるしかないという、追い詰められた状況でした。そして伝説のショパンメドレーが演じられたのはご存じの通りです。成功率の向上を試みた3Aが2本入り、熟練のスケーティングスキルと変幻自在と入れ替わる緩急は、フィギュアスケートの一つの到達点でした。

2016-2017シーズンは、エリック・ラドフォードにLPの楽曲製作を依頼し、Pさん自身の軌跡を辿る美しいプログラムを作り上げました。ベテランになって4Sを体得し、若手たちと戦っていきましたが、徐々にではありますが、ジャンプの確実性は落ちていました。3度目のオリンピックシーズンは、ジャンプの構成を落とし、団体戦金メダルを目標に掲げ、シーズンを戦いました。NHK杯を欠場し、カナダ選手権に出場。例年ならこの大会に合わせてくるPさんも、この年はミスが多発しました。しかしながら、高いスキルでカナダ選手権史上最多10度目の優勝を達成し、最後のナショナルを締めくくりました。ピョンチャンオリンピック団体戦では、目標の通り金メダルを獲得。スコット・モイアの「パトリックに金メダルを獲らせる」との言葉で、カナダチーム全体でPさんを支えました。カナダの圧倒的な層の厚さを見せつけたのです。団体戦も個人戦もフルパワーで戦ったカナダチームは結果的に団体・アイスダンス金、女子・ペア銅と大成功を収めました。

4回転ジャンプを跳ばなかったPさんが、自ら4回転時代を再構築し、それを超えるべくして若手が奮起。4回転ジャンプだけでは勝てない。スケーティングも表現も一流でいなくてはならない、一点突破型の時代からオールラウンドタイプ型の時代に移行させました。男子シングルの競技レベルを大きく底上げしました。彼の功績と素晴らしいプログラムの数々は枚挙にいとまがありません。豊かの部屋で怯えたチワワのようになったり、ラーメン大好きだったり、ワイン出したり、オリンピック村の部屋がすさまじい汚部屋だったり、ネタキャラとしても多大なる貢献をしてくれました。

これからのますますの活躍を祈願しています。。FC2ブログには検索ワードのタグ付けという機能がありまして、僕は大会名とそのエントリーに登場した選手名(タグは10個まで付けられるので、大会では上位選手だけ)をタグ付けしています。そのタグの登場回数は、男子選手でPさんが1位なんです。僕のブログにも貢献してくれました。ありがとうございました。

心残りはパトリック・チャン、羽生結弦、ハビエル・フェルナンデスの表彰台を見られなかったこと。見たかった・・・見たかったよう。
2018
04.14

新ペア結成 カララン&ジョンソン

新ペア結成にお知らせです。アメリカのジェシカ・カラランブライアン・ジョンソンがペア結成となりました。カラランはザック・シドゥーとリアルカップルだったので、予想もしていなかったです。ジョンソンはチェルシー・リュウとのペアが、シニア1年目になってようやく軌道に乗り始めたので、こちらも意外でした。2人ともジェニー・メノー&トッド・サンド門下ですので、気心は知れているでしょうから、すんなり馴染むと思います。新SPの振付はロヒーン・ワードです。パートナーは変わりますが、振付師は継続するようです。

チェルブラはソロジャンプが弱点でした。カラランはそれが得意なので、ソロジャンプ苦手なペアが多いアメリカでは一歩リードできるのではないでしょうか。次のシーズンに向けて皆歩み出しています。

※さらに追記
発表したと思ったらインスタグラムの投稿消してら・・・なぜに?と思っていたら投稿が復活していた。意味不明である。
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