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2019
04.15

アレクサンドル・マヨロフ 引退

アレクサンドル・マヨロフが正式に引退を発表しました。今シーズンはISUのバイオでも引退の意思を表明しており、ひとつひとつの大会を噛みしめながら見守っておりました。クリストファー・ベルントソン→アドリアン・シュルタイスというビッグバン発生級に個性的なスウェーデン男子のバトンを引き継ぎ、弟のニコライへと託し競技の場から去ります。

2011年世界ジュニア選手権のメダル獲得が昨日のことのように思い出されます。あのシーズンは前年のトップ勢がシニアに上がったのでカオスでした。メッシング、アーロン、ドミトリエフあたりのジャンプの得意な選手が表彰台を占めると思っていたら、ロゴジン、デカ、マヨロフという順番に。今年の世界ジュニア選手権ぐらい予想し得ない結末でした。マヨロフはスウェーデン所属選手で1937年以来のISUチャンピオンシップスメダリストとなりました。2シーズン連続で愉快な"オースティンパワーズ"を滑り、世界選手権でミスを連発してSP落ちしていったことは、彼のキャリアの初期段階について思い出深い出来事です。このエントリーを書いている最中に、2013年世界選手権男子SPの自分の感想を読み直したところ、「ついに世界選手権でLPを滑ることに。ジャンプ2ミスは今年もですが、抜けや転倒では無かったのが何よりでした」と、保護者目線で書いていました。

ソチオリンピックのSP"コロブチカ"は彼のキャリアで最も印象深い演技です。ロシアにルーツのある彼が、ロシア開催のオリンピックで、ロシアの曲をミスなく滑る。どれだけ感動的な光景だったか。自国びいきが半端ないロシアの観衆から、点数の低さにブーイングが起きていました。

2014-2015シーズンには膝の手術を受けましたが、ストックホルム開催のヨーロッパ選手権には間に合わせ、ヘルゲソン姉妹と共に大会を盛り上げてくれました。その次のシーズンには病気のお父様に骨髄移植をし、試合に出場できないこともありました。しかし、その甲斐あって現役最後の今シーズンには兄弟揃って出場となる最初で最後のユーロにお父様も帯同できました。

ピョンチャンオリンピックは、スウェーデンオリンピック委員会の派遣基準を満たせなかったので出場することはできませんでした。このオリンピック委員会は毎度不平等な派遣基準を設けたりして、なかなかの強敵なので驚きはしなかったです。2018年1月末にロシアメディアのインタビュー記事が出て、職探しして引退する感プンプンだったので、覚悟していて観ていたら、次のシーズンに「引退しませんけども」宣言をしました。そして+1シーズンのボーナスステージに突入。でもね、普通の人はあの記事を読んだら引退すると思いますよ。

最後のグランプリシリーズ、最後のユーロ。ひとつひとつの最後を経て、最後の世界選手権でも確かな存在感を見せました。怪我に見舞われながらも現役を終える瞬間までキャリアハイの技術力をキープできるのは、そうそうできることではありません。フジテレビで放映中の西岡さんの紹介は完全にファンを泣かせにきてましたよね。ちょっと危なかったです。

お母様振付の異質な作品を滑りこなし、骨やらフードやらローソン店員やらネクタイチェンジやら常人には理解できないセンスの衣装を身にまとい、いつも楽しませてくれました。毎シーズンのように想像を超えてくる選手でした。人生の第2章の船出が素晴らしいものであることを祈っています。

おい弟!次はお前のターンだ!!!!!
2019
04.08

ディアナ・ステラート&ネイサン・バーソロメイ 解散

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アメリカのディアナ・ステラートネイサン・バーソロメイが解散を発表しました。それぞれのインスタグラムでコメントを発表しています。

男性はしつこい膝の怪我の治療に時間を使うそうです。解散の原因はこれだと推測されます。女性は男性の怪我の回復とペア技術の基礎を授けてくれたことへの感謝を述べています。また現役続行の意思を表明しています。今シーズンはペアとして形になってきて、全米選手権の滑りもよかったですが、残念な形での解散となりました。男性のこれからについては不明ですが、怪我を治療してゆっくり考えてもらいたいです。女性は大ベテランの35歳で、スケーターとして10年以上の空白期間があるのに未だに5種トリプルを跳べるほど高い技術を持っています。このペアでの経験を活かし、また素敵な演技を見せてもらいたいです。

インターナショナルセレクションプールに入っていないスケーターはこうなるんですよねえ。まだ解散・引退波状攻撃残してるかもなあ……。
2019
04.08

須崎海羽&木原龍一 解散

https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2019/04/08/kiji/20190408s00079000139000c.html

須崎海羽木原龍一がペア解消を発表しました。2人とも支援・応援をしてくれた方・パートナーへの感謝の気持ちを述べています。2人の今後については、須崎はコーチや連盟の方々と相談。木原は肩の治療を第一に考え、ペアスケーターとして氷上に戻れるようにしたいとのことです。

女性はシングルからの転向組。男性はシングルから転向し、2人目のペアで計6シーズンを過ごしました。すっかりペア男子です。ペア結成直後の全日本選手権ではリフトにも苦労していて、僕はテレビ放映されるリフトで初めてグループ2を目にしました。ところがどっこい次のシーズンにはグループ5リフトを習得し、世界レベルに食らいつこうという姿勢を見せてきたのです。男性の度重なる手首の負傷で演技が辛そうに見えることは何度もありました。それでもオリンピック出場を果たし、Yuri on ICEのプログラムでは、サイドバイサイドの3Lzやシングル時代から磨き上げたスケーティングで、2人しかできない演技を見せてくれました。2017-2018シーズンは順位の上では振るわなかったかもしれませんが、内容としては世界のペアと一緒に大会に出ても違和感のないものでした。それだけ1シーズンで急成長を遂げました。今シーズンは男性の肩の怪我や脳震盪で満足なシーズンを送れなかったことでしょう。これまで日本代表のペアとして本当によくがんばってくれました。男性はまず体をゆっくり休ませ、今後のことを考えていってくれればと思います。2人ともお疲れさまでした。

海龍の解散でシニアのペアはりくしょー1組となります。このことで新ペア結成への期待が寄せられるわけですが、現役のシングル選手に対して「○○は芽が出ないからペアに行けばいい」とか、「○○は背が高いからアイスダンスをやればいい」という押し付けをするのは止めた方がいいと思います。ファンが思うぐらいなら当然誘いは受けたことあるでしょうし、男女ともに20代から始めて上手い具合にトップにいけるとは限りません。身長が低いペア男子の例としてツォン・ハンの名前がよく挙げられますが、彼は15歳でペア転向してからボー・ルァン先生、ビン・ヤオ先生、ホンボー・ツァオ先生から一流の技術を叩き込まれてきたわけです。世界のトップに行きたい=海外で練習しなければいけない日本とは事情が違います。海外に行くとなれば当然ながら莫大な費用がかかります。選手に経済的負担を強いることはできるでしょうか。連盟はカップル競技のトライアウトをおこなっていますし、それを続けたり、小中学生のスケーターにカップル競技の周知をし、地道にカップル数を増やしていくしかありません。簡単な話ではないのです。
2019
04.04

ハビエル・フェルナンデス 引退によせて

完全に投稿時期を逸していたハビエル・フェルナンデス引退エントリー。読まなければならない記事やSNSの投稿を350件ほど消化しています。このペースだと春が終わるので今書きます。

日本人という観点から彼を捉えると"羽生結弦最大のライバル"です。ソチオリンピックと世界選手権を制し、世界一のエレメンツのクオリティーを持ち無敵状態に突入すると思われた羽生の金メダル独占を阻止し、2015年と2016年の世界選手権で頂点に立ちました。そんな彼はジュニア時代から有名だったとは言えませんでした。

彼の名前を知らしめたのは2009-2010シーズンのLP"パイレーツオブカリビアン"でした。サーキュラーステップシークエンスのステップに合わせて酔っ払いながらコミカルに演じる姿は当時とても新鮮でした。後々、これが彼の演技スタイルとなっていくのです。このシーズン以前の彼を思い出そうとしたのですが、モジャモジャの髪以外のことを思い出せなかったです。初出場の2007年世界選手権はSP35位で通過にかすりもしなかった。誰も彼が世界チャンピオンやオリンピックメダリストに成長するとは思っていなかったでしょう。2010-2011シーズンのSPで毒々しい色の衣装を着させられて演技しているときにも、それは考えられませんでした。

2011-2012シーズンからコーチがブライアン・オーサーに変わり、トロントで練習を積むようになりました。するとどうでしょう。それまでLPの冒頭で4Tを1本だけ跳んでいた彼が、SP・LPあわせて3本の4回転を跳ぶようになったではありませんか。しかも世界でもトップクラスの質で降りるのです。そしてまーーーーー失敗しない。着氷は乱れても抜けもコケもしない。そして前のシーズンまでのモロゾフ成分が抜け、粘りのあるスケーティングが備わり、ノーブルな雰囲気を帯びるようになった。コーチが変わるだけでこんなにも人は変わるのかと驚かされました。PCSは一気に8点台に跳ね上がり、トップスケーターの仲間入りをしました。点数の上がり方が急激だったので、当時は「オーサーの政治力があるから~」と意味不明なことを言う人たちが出現しました。上手くなったら点数が伸びるのは当然です。それでも3Aが不安定だったり、4回転よりも3Lzや3Fの軸が危なく、崩れてしまうこともありましたね。

2012-2013シーズンのNHK杯で久しぶりに日本での試合に出場しました。「メンツを見ると表彰台は羽生・ダイスケさん・なんですだな!今シーズンから羽生もオーサーがコーチだからダブル表彰台だな!」と思わせてからの表彰台に乗れないという結末。この次のシーズンのNHK杯でも表彰台に乗れず、オリンピックシーズンは日本開催でのGPF進出を逃すという、日本との相性の悪さ伝説が始まるのです。でもジャパンオープンでいい演技したり、2014年世界選手権でメダル獲ったり、死ぬほど悪いわけではないのです。割と悪いってぐらいです。2013年のユーロで初優勝(なぜか髪切りすぎてた)して、ここから休むことなくユーロのタイトルを引退の2019年まで獲り続けました。2013年世界選手権ではスペイン選手初の表彰台に立ち、歴史を作りました。その世界選手権でのエキシビションは、懐メロメドレー"スーパーハビ"を初披露。これを数年に渡って滑り倒していくことになるのです。2012-2013シーズンは彼のすべての歴史と伝説の始まりだったと言えます。

2013-2014シーズン。2度目のオリンピックシーズンです。NHK杯で日本との相性の悪さを発揮しGPF進出を逃しました。ユーロを手堅く獲り(髪切りすぎ)、ソチオリンピックへ突入。僕はこのシーズンの衣装がとても好きでした。SPはスペイン国旗をあしらった不思議な衣装で得意のコミカル路線で、LPはスーツに拮抗縛りという時代の最先端を走っていました。アダム・リッポンがアカデミー賞の授賞式にタキシード+田亀源五郎のちょっとびっくりする絵みたいな恰好で出席していましたけど、それより前に公衆の面前で亀甲縛りをしていたのです。え、あれはガンホルダーだって?いや事実はどうだっていいんです。おもしろいのだから。オリンピックでは4Sが3Sになってしまった影響で、最後の単独の3Sがシークエンス扱いとなり、コンビネーション4つ目でキックアウト。まさかの4位でした。2Aにしていれば銅メダルだったのです。テンくんの点数を抜けずに暫定2位になる点数発表のシーンは悲しいから一生観られません。

2014-2015シーズンはGPFが初のスペイン開催。大国と違ってスペインはフィギュアスケート新興国ですから自国のスターがいないと話にならない。サラ・ウルタド&アドリア・ディアスが伸びてきていたとはいえ、GPF進出までは届かない実力。そうなればなんですくんが進出するしかない。GPSからずっと念じてきました。GPFへの出場が決まり、SPで5位スタートだったので、表彰台に乗らないと大会が失敗になるヤバいヤバい……と念じて無事に銀メダルを獲得。無事にホスト役を果たしました。このシーズンからユーロへ髪を切りすぎて出場することはなくなりました。世界選手権ではスペイン人初の優勝を果たし、素晴らしいシーズンを過ごしました。僕は彼のプログラムで最もお気に入りがこのシーズン滑ったSP"Black Betty"でした。彼のヌメヌメした滑りとジェフリー・バトルの小粋な振付が最高の化学反応を見せていました。バトルさんがなんですくんの溢れ出るかわいさを的確に見抜いているなとも思いました。このシーズンはLPで"セビリアの理髪師"を滑り、引退するまでスペインが題材となったプログラムを滑り続けました。

2015-2016シーズンのGPFもスペイン開催になってしまったので、前年と同じように念じていました。連勝で軽々とGPF進出を決め、GPFでも危なげなく表彰台に立ち、腕組みをする日本人を見守るお父さん役を熱演しました。ユーロでは300点超えを達成しましたが、それでも圧倒的な歴代最高得点を持つ羽生に勝つのは難しいと思いました。世界選手権ではSPの時点で12点差がつきましたしね。ところがどっこいひっくり返してしまうんですね。ユーロからはLPで2本目の3Aを入れるようになり、3クワドと3A2本が同居する構成に。しかもそれをほぼ完璧に滑ってしまうのです。あれだけ苦手だった3Lzや3Fも迷子にならなくなり、3Lzに関しては引退するまでの3年間はほとんど失敗がありません。彼自身の努力に加え、最高のコーチとライバルとに、ポテンシャルを最大限まで引き出してもらえたからこそ世界選手権でのとてつもない演技が観られたのです。

2016-2017シーズンには、100人中80人は彼の代表作に挙げるであろう芸術作品"マラゲーニャ"が地球上に誕生しました。とは言っても正直なところ、僕はシーズンが始まる前は、本当にいい作品に仕上がるのか疑っていましたよ。アントニオ・ナハロさんの振付したフラメンコにはいいものが多いけれど、フィギュアスケートに落とし込めていない作品もありましたから。それでもって実際大会での演技を観ると、予想を遥かに上回ってくるではありませんか。リンクを押し広げるほどに滑り尽くし、ターンから華麗かつ鮮やかに4回転ジャンプを決め、基礎点が低くウィークポイントになりがちなアップライトスピンをフラメンコらしいポーズで魅せるためのピースとして活かす。蛇行しながらリンクを統べ、会場の視線を釘付けにするステップシークエンスでキメる。特に世界選手権での演技は彼史上最高の演技だったと思います。LPでは前年に自分がやった逆転劇を羽生にされてしまうわけですが、この年の世界選手権の男子シングルは史上最高の戦いだったので、メダルが獲れなくても仕方ないと言える大会でした。彼のSPが観られただけでも大会の開催意義がありました。

3度目のオリンピックシーズンとなった2017-2018シーズン、日本開催のGPFはやはり進出を逃してしまいました。それでも順調な際上がりで調子を上げていったのがこのシーズン。SPは始めて世界選手権で表彰台に立ったシーズンのLPと同じテーマの"チャップリン"。そしてLPは"ラ・マンチャの男"。気負いすぎてないかな……大丈夫かな……と心配になるほど勝負をかけた選曲です。SPはノーミスで2位。LPは23番滑走で暫定2位になれば表彰台が決まります。冒頭の4回転ジャンプをまとめ、後半最初の4Sがパンク。これで優勝の可能性はなくなりました。そこから3Lo、昔は苦手だった2本目の3A、昔は苦手だった3Fから3連続、昔は苦手だった3Lz、昔の天敵たちを退治していきました。大技で失敗してもさらなる失点を重ねなくなり、前のオリンピックから成長した姿を演技後半で見せてくれたのです。キスクラでは落ち着いた表情でした。4年前のことがあったので、「あと1人だからメダル確定だ!」と、コーチのオーサーとトレイシー・ウィルソンの方が喜んでいました。フラワーセレモニー直前のリンクサイドで、羽生に引退の意思を告げたということを知ってから映像や写真を見返すと一層感慨深いです。宇野昌磨さんが状況をよく理解していなかったことを思うとちょっとおもしろいです。

引退を発表して挑んだ最後のユーロ。なんですくんが優勝しても感動するだろうし、なんですくん以外の選手が優勝しても時代の移り変わりを感じてジーンときてしまうんだろうなと思いました。彼自身の調子はバリバリ試合に出続けていた頃とは違って、体をかなり絞っていたし、綱渡り状態に見えました。ロシアがカルメンの呪いに嘆いていたとはいえ、優勝に値する演技でカール・シェーファー以来の7連覇で競技の場に別れを告げました。8連覇したシェーファーは80年前の選手ですし、ペアで10連覇したイリーナ・ロドニナは40年前の選手です。彼もそんなレジェンドたちと肩を並べる存在になったのです。次にスペインの国歌をISUの大会で聞ける日はいつになるでしょうか。ユーロのエキシビションは当然ながら感動的なものになると思っていました。泣かせにきている選曲でしたし、エキシビションの最後には全選手がリンクに整列して、彼のスピーチを聞き大団円だと考えていたでしょう。そして現れたのがベラルーシの大統領。選手を立たせたまま10分間喋って写真撮って帰っていきました。主役のなんですくんは仕事のためにすでに帰国していたということを知り、それもまた衝撃でした。一生忘れられないエキシビションになりました。

スペインでRevolution on Iceというアイスショーを催していますし、アイスショーで来日してくれますから、彼がもう観られなくなるわけではありません。これからはプロスケーターとして、さらに進化していってくれるでしょう。将来はオーサーのようなコーチにもなってもらいたいです。

2011年ネーベルホルン杯 羽生結弦
2011年ロシア杯 羽生結弦
2011年グランプリファイナル ハビエル・フェルナンデス
2012年世界選手権 羽生結弦
2012年フィンランディア杯 羽生結弦
2012年NHK杯 羽生結弦
2012年グランプリファイナル 羽生結弦
2013年世界選手権 ハビエル・フェルナンデス
ソチオリンピック 羽生結弦
2014年世界選手権 羽生結弦
2014年グランプリファイナル 羽生結弦
2015年世界選手権 ハビエル・フェルナンデス
2015年グランプリファイナル 羽生結弦
2016年世界選手権 ハビエル・フェルナンデス
2016年グランプリファイナル 羽生結弦
2017年世界選手権 羽生結弦
2017年オータムクラシック ハビエル・フェルナンデス
ピョンチャンオリンピック 羽生結弦

羽生との直接対決は5勝でしたが、羽生がトロントに移ってからの世界選手権に限ると3勝2敗なので数字以上に競ったイメージがあるのですね。ここぞという場面で強いスケーターでした。2人は最高のライバルです。

昔はオーサーにモーニングコールをしてもらって練習に行っていました。スペイン人のイメージそのままの人です。現役中に彼女が何度か変わりましたけど、飄々とした雰囲気のおかげで交際が終わることに対してマイナスなイメージが沸きません。元カノたちの写真をSNSから全然消していないのにも好感が持てます。安藤さんと一緒にしゃべくり007に出たのは謎だったけどおもしろかったなあ。ひじきTシャツ懐かしいなあ。癒しだなあ。

彼のユーロの演技を振り返るのは、ユーロクソカメラワークの歴史のおさらいになりました。なかなかのものでした。彼がもう競技に出ないと実感するのは2020年のユーロで新王者が誕生したときになると思います。それまではまだ今シーズンの余韻に浸っていたいです。

素晴らしい演技をどうもありがとうございました。本当にお疲れさまです。
2019
04.03

レイチェル・パーソンズ 引退

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I’ve written and rewritten this post so many times I’ve lost count. Sometimes feelings and thoughts are difficult to put into words, and this is definitely one of those times. 
I’ve decided to take a step back from skating.  It’s the most difficult choice I’ve ever had to make, but I have to focus on my health and happiness. I feel like people (including myself) often gloss over their problems to create this image of “perfection”, especially online, but it’s really important for me to be honest and open with you all about this. I’ve been struggling with an eating disorder for years now, and it’s not something I can keep ignoring or trying to manage on my own.

We all know figure skating is a sport where it’s hard to be successful without a certain physical appearance. I’ve struggled with my weight since I was thirteen years old, and it has fluctuated a lot throughout my career. It’s extremely difficult to wake up in the morning, look in a mirror, and hate what you see. Then imagine you have to put on a skintight dress and compete in front of a large crowd, on national television, in a sport that’s largely judged on appearance. It’s hard. Actually it’s terrifying. I’m proud of myself for pushing through for as long as I have. Now I’ve decided I need to put myself first and take the time to get the help I need. Skating has given me so much. I was able to travel all over the world, make so many unforgettable memories, meet the most incredible people, and compete proudly for my country. To experience all of this with my big brother by my side has been the best part. This sport has made me who I am today. I couldn’t be more grateful to everyone who has supported Michael and me through the years. I want to say a huge thank you to our friends, family, coaches, everyone at US Figure Skating, our sponsors who have made this dream possible and everyone else who helped us along the way, I feel so blessed.

I’m not sure what this new chapter of my life will bring, but I’m excited about the future. I’ll continue to cheer Michael on as he continues on this incredible journey for the both of us, I’ll just be rooting for him from the stands. 
Love always, Rachel

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レイチェル・パーソンズが引退を発表しました。理由は健康を優先するためだそうです。13歳から体重の増減と戦い続け、この数年は摂食障害にも悩まされてきたそうです。引退声明で印象的だったのが「肌に密着した衣装を着て、大観衆の前で競技して、主に外見で判断されてしまうスポーツだって想像した時、とても辛かった」という言葉です。我々にはフィギュアスケートの輝かしい一面しか見えないけれど、その裏側では大変な苦労があるのだなと思いました。カップル競技に関しては、自分のみならずパートナーにも影響があるわけですし、その重圧は計り知れません。近年では摂食障害を明らかにするスケーターが後を絶ちません。この1年だけでも多くのスケーターがその苦しい胸の内を語ってきました。もちろんスケーターや周囲の人々の意識を変えることが大切ですが、スケートファンも成熟して彼らの心情を思って応援していかなければなりません。

これからのことは決まっていないそうですが、人生の新しいチャプターを楽しみにしているとのことです。また、兄のマイケルのこおを応援し続けるそうです。体調を整えていつまでも元気でいてほしいです。兄は実力のあるアイスダンサーなので、いいパートナーが見つかることを願うばかりです。小柄で才能ある女性どこかに余っていないですか・・・。

彼らの一番好きなプログラムは2015-2016シーズンのFDで滑ったタンゴです。この前のシーズンあまり成績が伸びなかったので、このまま埋もれてしまうのではないかと危惧していたところに現れた良プロでした。それまでものすごーーーく頼りないと思っていた兄の背中から漂う絶対的な信頼感。そして妹の美貌を極限まで活かしていました。ジュニアのきょうだいカップルにタンゴなんて踊れるはずない思っていましたが、これでその考え方が変わりましたし、彼らのアスレティックタンゴはきょうだいカップルがこれから進んでいくべきひとつの指針となったのではないかと考えるようにもなりました。小柄なカップルでしたが、すんなりとシニアにも馴染みました。もう彼らの演技を観られないことを悲しむよりも、兄の次のカップルでの演技を楽しみに待とうと思います。本当にお疲れさまでした。
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